知られざるアニメーション アニメーションについて

知られざるアニメーション

短編アニメーション作品と作家の紹介、アニメーション映画祭情報。

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アニメーションズ



昨年8月に結成したアニメーションの創作と評論のグループ、Animationsの公式サイトが正式に公開となります。
まだコンテンツは少ないですが、この会の活動がアニメーション界の活性化とアニメーションの啓蒙に貢献できる事を願って、メンバー7名日々勉強と研究、制作に勤しんでいきます。

「知られざるアニメーション」では、まず優れたアニメーション作家と作品をシンプルに紹介する事、なるべく肯定的な紹介に止める様心がけてきましたが、「アニメーションズ」では時には批判的な内容も含め、より深い考察を行っていきたいと思っています。

公式サイト:www.animations-cc.net
  1. 2007/05/28(月) 10:22:46|
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時間論

 万物は流転する。僕が常に考えてしまう事のひとつに、職業柄もあるが、「時間」についてだ。時々「時間」についての哲学書や科学書など読んでみるが、確かな答えはない。
 最近読んだ本で、現代物理学の視点から時間について考察した橋元淳一郎著「時間はどこで生まれるのか」によると、量子、ミクロの世界では、「時間は存在しない」事は現代物理学では真実の様だ。反粒子は時間を逆行すらするという??
 欲をいえば、もっと詳しい現代物理学の解説がほしかったが、それだと逆に自分には理解不可能なので、さらっと興味深い「時間」についての話題を読めるという点で面白い本だった。またこの本に簡単に紹介されていた、哲学者マクダガートの時間論が興味深かった。

マクダガートは、時間を3つの系列に分類した。

A系列の時間:常に「現在」という視点に依存する時間。
B系列の時間:座標軸に過去から未来に向かって順番に並んでいる時間。
C系列の時間:時間的な順序関係のない配列。

そして、マクダガートが、哲学的に導いた結論は、

「A系列の時間も、B系列の時間も実在しない。しかしC系列の時間は実存する可能性がある。」

つまり僕たちが通常「時間」と感じているものは、実存しない、ということか。

 そしてこの話で、個人的に興味深かったのは、マクダガートのC系列の時間とは、正にアニメーションの事ではないかと思った事だ。アニメーションの1枚1枚の動画は、ただの配列で、そこには時間は実存しない。「アニメーション」というシステムにのせ、作者が順列をつけ、映写して、はじめて「時間が実存している」様に感じる。 
「時間はどこで生まれるのか」の結論でも、マクロな世界での「時間」は、主観的なもので、人によって「創造」された、となっている。
 さて、過去や未来も人がただ「創造」した物だと考えると少し気が楽になる。

時間はどこで生まれるのか[Amazon]
  1. 2007/04/10(火) 13:48:03|
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Image by image



 先々月参加したフランスの映画祭「Image par image」の英訳タイトル「Image by image」を知って(フランス語で見ていたときは、理解していなかった...)、良いタイトルだなと思った。アニメーション制作の本質は「Image(想像)」による「Image(像)」だなと。逆に見る側に立つと、「Image(像)」によって「Image(想像)」が刺激される作品が、僕が面白いと感じるアニメーションだ。アニメーションにとって画像、絵そのものの魅力は大切なのだが、一般的な意味であまりに巧い絵、造形的に完成された絵のアニメーションは、アニメーションとして魅力を感じない。一コマ一コマ画像が再生される度に「Image」が創造されていく、一枚の絵としては完成されていない様なビジュアルの方がアニメーションにとっては良い画像ではないか?(もちろんただ下手なだけではだめだし、下手や無垢を装ってもイヤラシい。)実際、ちょっとラフなぐらいの絵を使ったときの方が、自分の制作でもいい結果がでる気がする。
  1. 2006/05/14(日) 12:10:53|
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アニメーション100年

今年2006年は、「アニメーション誕生100年」記念の年だそうだ。
1906年制作、アメリカのJ・スチュアート・ブラックトン「愉快な百面相」(Humours Phases on Funny Faces)から数えてだが、それより以前、1899年には、イギリスでアーサー・メルボルン=クーパーが「マッチ・アピール」(Matches: An Appeal)というコマーシャル・フィルムを駒撮りで撮影したという記録があるし、映画フィルムにこだわらなければ、映画発明以前エミール・レイノーが、1892年から1900年にかけて、パリのグレヴァン博物館にて、自ら発明したテアトル・オプティークを用いていくつかの作品を上映したのが、世界で初めてアニメーションだとも言われている。またそれより昔1825年のソーマトロープ、1833年のフェナキスティスコープなど映画史以前の「絵を動かす」装置の歴史も考えると、その誕生の年を特定するのは、渾沌としてくる。蛇足ながら、そのあたりの「アニメーションの歴史」をムービング・イメージの歴史ととらえ、視覚玩具以前の絵画史の中にアニメーション的な人のイメージを見い出す展示が、昨年私が愛・地球博で示した「ヤマムラアニメーション博物館」だ。
J・スチュアート・ブラックトンの「愉快な百面相」は、チョークで一部を書き直しては撮影する技法と合わせて、切り紙アニメーションなどの技法も組み合わされ、キャラクター性もあり、これを最初のアニメーションと呼ぶのもうなずける。
■「愉快な百面相」QuickTime movie
  1. 2006/01/10(火) 17:28:19|
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アニメーション・マインド

このブログで紹介するアニメーションの選定基準は、アニメーション・マインドがあるかどうかだ。駒単位の作業の積み重ねで、映像の移り変わりの中に作家の精神が通っていく。時間軸の流れとタイミングに神経を集中して、気持ちの入った作品になっているかどうか。それ以外の要素、テーマや技術は、さほど重要ではない。2005年ベスト短編アニメーションを考えていたのだが、残念ながら今年は、映画祭にそれほど多く参加していない事もあって、アニメーション・マインドに溢れる作品に出会えなかった。来年は良い作品が出てくるだろうか。アニメーション界がより豊かで面白いものになって欲しいと切に思う。
今私が期待する作家は、新作のシリーズを数本自主制作で撮り終えたというイギリスのフィル・ミュロイ、新作「小さなロシア」が未見だが、地道に小品を作り続けているイタリアの、未見「Milch」が映画祭で好評のロス在住のロシア人イゴール・カヴァリョフ、「外套」の完成が待ち望まれるロシアの巨匠ノルシュティン、是非新作の短編を作ってほしいイギリス在住のアメリカ人キャロライン・リーフの5人。日本人もこの辺りの作家に食らい付く様な作品を作って欲しい。私ももっと精進して、アニメーション・マインドを鍛えたいと思う。
  1. 2005/12/20(火) 14:10:05|
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インスパイアとパクリ

意図的な映像のパクリ(この言葉の響き嫌だが。)に出会うとつい立腹していまうが、しかし私自身も多くの作品に影響を受けて物を作ってきた事とどう違いがあるのか、つい考えてしまう。他にもリスペクト、オマージュ、盗用、参照、引用、見立て、パロディなど近い言葉は色々あるが、その境目はどこにあるのか?違いの一つは制作者の意識にあると思うが、オリジナルを知らずに偶然同じアイディアやスタイルになった場合、意図的な真似と無意識の真似、愛情ある引用と愛情のない引用などは、自己申告以外証明しずらいし、どちらが許されるかは倫理の問題にもなり、判断が違ってくるだろう。「パクリ」と感じる場合は、「アイディア」がダイレクトに同じ場合(以前「カノン」や「Powers of TenとCosmic Zoom」で少し触れた)や、映像の表面的「スタイル」が酷似している場合で、作品に流れる「精神性」が似ている場合は「インスパイア」と感じる。でも「精神性」は、感じる事で具体性に欠け、実際は「アイディア」や「スタイル」にどこかしら共通性があるので「精神性」が似ていると感じるのかもしれない。でも「インスパイア」と「パクリ」の違いは、その似てる「度合い」の問題だけなのだろうか。
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  1. 2005/11/01(火) 09:20:44|
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アニメゾーンから来た男



私の敬愛するプリート・パルンの52分のドキュメンタリー映画「Man from Animazone」を見た。パルンの歩みと作品を色々な映像とインタビューを交えながらテンポよく語っていて、随所に遊び心があってスッゴク面白い。私と「頭山」も一瞬出演している。ヤンノ・ポルドマフィル・ミュロイビル・プリンプトンなどのアニメーション作家、オタワ国際アニメーション映画祭のクリス・ロビンソンはじめ色々な映画祭のフェスティバル・ディレクターなど、自分の知合いがこんなに出てくるドキュメンタリーも珍しい。制作はエストニアのACUBA Filmプロダクション、監督はHardi Volmer。音楽がパルン作品から沢山引用されていて、あらためて音楽センスの良さに感心した。ちょっと重いけど予告編がクイックタイムで見られるのでぜひどうぞ。
■ドキュメント「The Man from Animazone」データ
■予告編 QuickTime
  1. 2005/10/11(火) 08:50:43|
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アート・アニメーション

「アート・アニメーション」という名称が、日本でいつのまにか定着してしまった気がする。自分の作っている作品、また志しているこのブログで取り上げているような作家性の強いアニメーションを定義するいい呼び名がないものか以前から考えてきたが、全ての作品がフィアンアートだけを目指して作品作っているわけでも無いし、「アート・アニメーション」という呼び方には違和感がある。
英語圏でも特にそれらしい呼び名は無い。「インディペンデント・アニメーション」「ファインアート・アニメーション」「実験アニメーション」などがあるぐらいだ。
分野(絵、立体物、写真、音楽、映画、ゲーム、などなど)がなんであれその作品が「アート(芸術)」かどうかは、外からの判断で決まることではないだろか?私は自ら「アート」、「アーティスト」と名のっている人は信用できない。
私は、自分の作っているアニメーションは、「アニメ」と略さず「アニメーション」と呼ぶようにしている。もしくはプロダクション・メイドのアニメーションと差別化して「インディペンデント・アニメーション」と呼ぶようにしている。それが一番振れがない。
  1. 2005/08/06(土) 09:01:16|
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アニメーションとCG、実写

 今さらデジタルとアナルグ、アニメーションとCGの違いを云々しても仕方ないのかもしれない。両者は今や渾然一体となっている。私も10年以上アニメーションのツールとしてパソコンを使ってきたし、いま音の仕上げまで含めて、純然たるアナログで仕上げられる作品は極稀である。また一つの映像の中にアニメーションとCG、実写の3つの要素が、編集、合成される事も多く、その違いを意識し辛くなってきている。、
ただ、ここで「アニメーション」と「CG」そして「実写」の違いの私の認識を記したい。 [アニメーションとCG、実写]の続きを読む→
  1. 2005/06/20(月) 09:27:15|
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ダンスでアニメーション

最近「少年チャンプル」とう深夜のダンスの番組が気に入って、毎週録画して見ているのだが、ダンスのジャンルとして「アニメーション」というのがあって、ダンス界でも最近人気があるらしい。ウェーブ、パントマイム、ムーンウォーク、ロボット・ダンスなどをミックスした感じのダンスで、人の動きをとは思えない不思議な動きと、エンターティンメント性があって面白い。ハリーハウゼンなど駒撮りされた特撮の少しぎくしゃくした動きをわざとまねしてダンスにしている。お気に入りのダンサーは「TOZAWA」「はむつんサーブ」「ひとりでできるもん」。皆すごい才能だ。アニメーションではないが「プリンケツプリンケツ」も最高。
■DVD 少年チャンプル
■DVD 少年チャンプル Vol.2
  1. 2005/06/13(月) 14:51:51|
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