知られざるアニメーション インスパイアとパクリ

知られざるアニメーション

短編アニメーション作品と作家の紹介、アニメーション映画祭情報。

02月の記事を見る « 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 » 03月の記事を見る

インスパイアとパクリ

意図的な映像のパクリ(この言葉の響き嫌だが。)に出会うとつい立腹していまうが、しかし私自身も多くの作品に影響を受けて物を作ってきた事とどう違いがあるのか、つい考えてしまう。他にもリスペクト、オマージュ、盗用、参照、引用、見立て、パロディなど近い言葉は色々あるが、その境目はどこにあるのか?違いの一つは制作者の意識にあると思うが、オリジナルを知らずに偶然同じアイディアやスタイルになった場合、意図的な真似と無意識の真似、愛情ある引用と愛情のない引用などは、自己申告以外証明しずらいし、どちらが許されるかは倫理の問題にもなり、判断が違ってくるだろう。「パクリ」と感じる場合は、「アイディア」がダイレクトに同じ場合(以前「カノン」や「Powers of TenとCosmic Zoom」で少し触れた)や、映像の表面的「スタイル」が酷似している場合で、作品に流れる「精神性」が似ている場合は「インスパイア」と感じる。でも「精神性」は、感じる事で具体性に欠け、実際は「アイディア」や「スタイル」にどこかしら共通性があるので「精神性」が似ていると感じるのかもしれない。でも「インスパイア」と「パクリ」の違いは、その似てる「度合い」の問題だけなのだろうか。

この問題を突き詰めて考えると「オリジナリティ」とは何なのかという問題にいきあたる。「オリジナリティ」重視の考えは19世紀末から成立した新しい思想だ。それ以前は、オリジナルである事に対してもっとおおらかだった。
ほとんどのクリエーターは、真似から創作が始まる。ソフト制作は、色々な文化的遺伝子を受け継いだ上に成り立っていると思う。たまに影響を受けたくないから他人の作品を見ないと言う作家や、古い作品に興味や価値を持てない若者がいると聞くが、それはすでに先陣が達成してる業績に盲目となっているだけだ。このブログで知られざる傑作を紹介したいと思うのも、自分も歴史やなるべく多くの作品を知った上で前に進みたいと考えているからだ。オリジナルと思われる作品ももっと歴史を辿ると何かしらの影響を発見することができる。他人や社会との係りなしでの創作活動は無理といってもいいだろう。無から有を作る発明の様に突然「オリジナル」な創造が生まれる事は無いのかもしれない。
しかし色々な影響の元でも「オリジナル」と呼べるだけの飛び抜けた完成度と個性を持ったエポックメイキング的な作品や作家は存在するわけで、それらの「オリジナル」となりうる作品を別の意味で超えない限り、安易な真似は「パクリ」と意識されてしてまうのだろう。この問題は今後も考えたいと思うし(著作権という法的、経済的問題は今回はあえて無視した。)いろいろな人の意見を聞きたいと思う。
関連記事
  1. 2005/11/01(火) 09:20:44|
  2. アニメーションについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2008/11/20(木) 22:50:38 |
  2. #
  3. |
  4. [ 編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2008/11/24(月) 19:41:15 |
  2. #
  3. |
  4. [ 編集]

コメントの投稿

非公開-管理者にだけコメントを届けたい場合は、チェックしてください。

トラックバック

このページへのトラックバックURLはこちら
http://yamamuraanimation.blog13.fc2.com/tb.php/146-fa6dbfd3
| ホーム |

Koji Yamamura



このブログは「Amazon.co.jpアソシエイト」に加入しています。
copyright © 2013 Koji Yamamura all rights reserved. Powered by FC2ブログ